■ Pocoのライヴレポート



■ July 29, 2004, City Block Concert, Stearns Square, Springfield, MA, U.S.A.

  その日は、とても気持ちの良い日でした。2泊したニュージャージーのB&Bホワイト・ライラック・イン(なんて乙女チックな名前でしょう)の経験したことのないほどのソフトで気持ちのよいシーツから這い出すのが惜しくなくなるほどの、お日様が降りそそぐ、暑くも無く、寒くも無く、気持ちのよいそよ風がふく朝でした。
その時には、その日のPocoのライブが、Pocoの長い歴史の中で、もっとも忘れられないライブのひとつになるとは誰一人想像することはできなかったでしょう。
  マサチューセッツで行われるPocoの2日間のライブは、ニュージャージーのPoconuts、デニスとドロシーと私の3人で2泊3日のマサチューセッツ・ドライブツアーということで、計画されました。ドロシーは私と同年齢。私は、ただ、車の後部座席に座ってカーステレオから聞こえてくるPocoの曲を一緒に口ずさみながら、外の景色を見ていて、時々会話に入り込めばいいといういったって楽チンな旅行になりました。たまに、助手席に座らない?と言われても「ありがとう。でも、やっぱりいつ寝ちゃうかわからないから後ろでいい。ライブタイム以外は眠いの」と都合のいいように、「時差ぼけ」を持ち出す始末。
ニュージャージーから、車はインターステートフリーウエイをまっすぐに北上していきます。州境を2回越え、訪れたことがあるコネチカット州の州都ハートフォードの町並みを通り過ぎた後は、マサチューセッツはすぐ。そして州境を越えて、すぐのところに Springfieldはあります。マサチューセッツではボストンに次ぐ中規模都市のひとつです。日本のガイドブックには見当たらないのですが、以前働いていたドイツの会社のUSオフィスが近くにあったのでなんとなく親近感を持っていた場所でした。

Stage@truck   ライブ会場は、町の真ん中にポカっと空いた空き地に、トレーラーのステージがあつらえられているいたって簡易なところ。そこに夏の間、毎週木曜の夜にフリーコンサートが行われていて人々が憩いのために集まる、といったわけでした。
会場に到着したのは、3時ごろ。ずいぶん早いなぁと思いながらも、うれしいことに本番前のバンドに遭遇することができました。
  デニスとドロシーが、三々五々その空き地でくつろいでいるバンドのみんなを紹介してくれました。RustyのフィアンセだというMary にも。
Jack & George ここから先は、Pocoの音楽性だけを語りたい!という方は、どうぞ読み飛ばしてください(笑)
  RustyもPaulもステージ降りれば、だたのおじさんというわけで、スタッフやそこら辺を歩いている人と何の変わりも無いのですが、別に芸能人なんていうオーラなんてどこにもないけど、遠目で見ても、あ、Rusty だ、George だ、ってすぐにわかったのが、なんともうれしい。だてに、長いことファンしてません。
  Rusty は、背が高くて、どっしりしている。
「やぁ、始めまして。よく来てくれたね。しっかり楽しんで行ってね。」
私「Hi!実は初めてじゃないの。東京に来てくれた時にも、こうやって挨拶してサインもらったよ。」
Paulが横から口を挟み「え〜?日本に行ってないの僕だけだ。ずるいよ。」と言って、
私の顔を見ては「テリヤキ〜〜、トヨタ〜」を連発。
結局その日私は、Paulに2回ハグされ、
ドロシーの話では「Paulにキスされたでしょ?」
私「うそだ〜」
ドロシー「髪の毛にキスしてたよ。あたし見た」だそう。
(内緒の話ですが、4人の中でPaulが一番女性に対して軽いらしい・・)
  リハーサルでは、ビートルズの曲を演っていました。Poco によるビートルズなんてなんだか、すごく貴重なものを見てしまったようで、ますますうれしくなりました。 Reharsal
コーラスも演奏も、なんら問題なく、気持ちのよい天気もあって、本番がとても楽しみになりました。
George   Jackは、精悍な感じ。あの中で一番若いからかしら。やっぱりよく来たね、って言ってくれました。
George は、とてもやさしくて、おとなしい感じ。
私「一昨日こっちに来て、昨日Jim を見た後、デニスたちに連れてきてもらったの」
George、「そうなんだ、よく来てくれたね。時差ぼけはもう大丈夫?」
私、「ありがとう、まだ、少し眠いけれど、ライブのときは大丈夫だから・・・今日はとっても調子が良さそうね」
George、「ありがとう、ゆっくりしてってね」
オープンタイム1時間くらい前に、彼らはMary を連れてどこかに引っ込むその間、私はうたた寝してました。その間も、どんどん人が増えていきました。Pocoシャツを着て集まった人々は、旧知の仲のPoconutだったり、そこでの初めての出会いだったり。 poconuts
体重かなり重めのおじさんたちの輪が、みるみるうちに広がっていきます。会場に流れていたBGMにあわせて踊りだす、初老のカップルもいたりして。浮浪者然としたおじさんに、「踊ろうよ」とにじり寄られたときは、さすがに身を引いた。
まだまだ、普通の夏の夕べだったのです。そのときまでは。
  一応、シャツだけ、ステージ衣装(?)に着替えた4人が登場。
ギターハーモニックスで、Legendがオープニング。わくわく。2曲目は、Call It Love。
ワンコーラス目が終わり、間奏に入ると・・・。
突然、Rustyの声、"Hold on, hold on. Guys !"
このバンド、曲が中断するの得意だからね、いつものことだろうと笑い声をあげる人、くすくす笑う人、ヒューヒュー言って、冷やかそうとする人。
Rustyが一瞬後ろを振り返る。Georgeが血の気の引いた顔をし、何か懇願するような表情でRustyを見上げる。
Rusty "We've gotta problem to apper, so that why we hold on this song.
Bob, is there any doctor around somewhere? Any doctor here, we appreciate it.
Seriously, if doctor is around here, come over to the side of the stage.
It's really terrific. We need anybody has medical skill."
  Rustyのドクターコールに、只ならぬ気配が感じられました。ドクターが必要なのはGeorgeであることはすぐにわかりました。まもなく、ステージに看護師さんなのか女性が駆け寄り、男性数人が手伝って、Georgeがドラムチェアから、引きずり下ろされ、ステージに寝かされました。その時点でGeorgeは、すでに自力で動くことが出来なかったのです。その看護師さんの指示で、応急処置が施されていた間、ステージから5mのところにいた私には、Georgeは、苦しそう、という様子ではなく、実際「硬直している」という感じに見えました。周囲からは「発作だ。発作に違いない」という声が漏れ、それも、心臓系ではなく、脳に関する病気らしい、というのはなんとなくわかりました。
  今日のライブはどうなるんだろう?明日のライブはあるのだろうか?それより、もしこのままGeorge にまさかのことがあったら、私はSan Diegoに行って能天気にJim のライブなんて見てていいんだろうか?Jimはライブをやるだろうけれど、Richieはどうだろう?もし、デニスとドロシーが行くというのなら、私もナッシュビルに飛んで、George に最後のお別れを言おう。でも、ルート変更なんかして、予定通りの帰国の便に乗れるだろうか???
  コール911するのが、少し遅れたのでしょうか。救急車が来るまでの時間がとてつもなく長かった。15分か30分か。その間、オーディエンスはあちこちで携帯電話を耳にあて現状を誰かに報告。さすがに、写真を撮ろうとする携帯電話が林立するようなことは無かったけれど。でも、ざわざわしてはいても、騒ぎ出す人もなく、帰途につく人もなくみなさん整然と見守っています。
  救急車が来て、黄色い服のレスキューの人たちがステージに上がって、酸素吸入やら点滴やらの手当てを10分くらいした後、救急車は担架に乗せたGeorgeを病院へ連れて行きました。
  まもなく場内アナウンスがあり、ライブをアコースティックセットで再開するとのこと。その日のいわば第2部のセットリストは、
Acoustic Set Keep on Tryin'
Crazy Love
Pickin' up the Pieces
Child Claim to Fame
Never Loved....Never Hurt Like This
Running Horse
Kind Woman
You'd Better Think Twice
Heart of the Night
  3人でも息のあった演奏で、とても楽しませてくれました。Rustyは、途中、ラビットジョークを飛ばし、オチで笑いを取った後一言、"I am not comedian, but musician." それでも、やっぱり、みんな元気が無い。Keep on Tryin' の時は、ほんとなら、George が前に出てきて歌うんだよね、なんて思う。Jackのコーラスも素敵だけれど。Crazy Loveでは、サビをオーディエンスに歌わせるといういつものワザを披露。私も、調子っぱずれの歌を気持ちを込めて歌いました。
  9曲の後、「George のことが気になるから、今日はこれで終りね。向こうでmy beautiful girlfriendのMaryが CDとT-シャツ売ってるから、そこでサインするから、声を掛けてね」とRusty が言って、ライブは終わりになりました。
Hearleys   なんだか、私は呆然としていました。それでも、近くに居た人たちと、とりとめないおしゃべりをしていた間、はたと気がつくと、今までPoconutばかりだったその空き地に、いろんな人が入り込んでいました。
ライブが始まる前から、気がついてはいたのだけれど、やたら集まっていたハーレーのバイク音が、空き地を囲むように、とどろいていました。突如として、ここはアメリカなんだ、と思い出して、パスポートの入ったバックを抱えるようにして持ち直すと、ドロシーとデニスを探しました。
  ドロシーは、Maryを手伝って、グッズ売り場に居ました。その隣のテーブルでは3人が座って、ファンのサインのリクエストに答えています。救急車に同乗していったスタッフと、会場に残ったスタッフが連絡を取り合っていて、とりあえず、Georgeの容態に変化が無いことを確認したようです。私も4人の直筆サインがあらかじめしてあるTour bookを、5冊購入(8月1日ライブレポート参照)。このサインが、Georgeの最後のサインにならないように、心から祈りながら。
  バンドのみんなは、病院に行ってから、ホテルに戻る、と言っていました。とりあえず、明日のケープコッドのライブは、中止しない、とのこと。私たちは、NYから来たコーリーと一緒に4人で、途中のレストランに寄り、もう12時も廻ったころ、宿泊していたホテルに戻りました。
  後日、いくつかのアメリカの地方紙がこの件をネット配信しているのを見つけました。電話でインタビューしたというRustyのコメントは、発作が起きて倒れたのが、街中で良かった、というものでした。これが、長時間のフライト中だったり、バンド車での長距離移動中だったら、どうしていいかわからなくて、命に関わることになったかもしれない、とのことでした。

つづく・・・


(All Text & photo by Ojai_girl)



BACK INDEX NEXT