■ Pocoのバンド・ヒストリー



Poco #5 from September 1973 to September 1977

Rusty Young - pedal steel guitar, dobro & vocals
George Grantham - drums & vocals
Timothy B. Schmit - bass guitar & vocals
Paul Cotton - guitar & vocals

Album : Seven(1974), Cantamos(1974), Head Over Heels(1975), Live(1976), Rose Of Cimarron(1976), Indian Summer(1977)

(1973)
FAB4   Richie Furayの脱退後、Pocoはその存続を危ぶまれるがバンドは残った4名で結束を固め活動を継続する。Fab Four(Fantastic Four Era)と呼ばれるこの時代はメンバーも安定し6枚(ライブ盤1枚を含む)のアルバムを発表する。
  Richie Furayの離脱はRusty Youngに作曲と歌の門戸を開くと言う副産物をもたらした。John Hartmannをマネージメントに迎え、11月より、Newメンバーでツアーを開始する。

(1974)
  2月、7枚目のアルバムのレコーディングが開始される。4月に7thアルバム「SEVEN」がリリースされる。(Billboard最高位68位)。立て続けに、8月より8枚目のアルバムのレコーディングが始まり、11月8thアルバム「Cantamos」がリリースされる。(Billboard最高位76位)。 Hamburgers ?
  9月、“The Souther-Hillman-Furay Band”のデビューアルバムがBillboardチャート最高位11位を記録し、Gold Disc.を獲得した。
  この年の11月、Yale University, New Haven, CT(11月9日)、Performing Arts Center, Milwaukee, WI(11月28日)、Ambassador Theatre, St. Louis, MO(11月29日)で収録されたライブ音源が76年10枚目のアルバム「LIVE」としてリリースされる。

(1975)
  9月、2度目のヨーロッパツァーが実施される。 Keep on Tryin'
  7月、9thアルバム「Head Over Heels」がABCレーベルよりリリースされる。(Billboard最高位43位)。
  この年、“The Souther-Hillman-Furay Band”のセカンドアルバム「Trouble In Paradise」 が発表される。

(1976)
  2月、10thアルバム「LIVE」がEpicよりリリースされる。(Billboard最高位169位)。5月、11thアルバム「Rose Of Cimarron」がABCよりリリースされる。(Billboard最高位89位)。
  “Loggins & Messina”のバックアップメンバーであったAl Garthが準メンバーとして活動を共にする。6〜7月は“The Stills-Young Band”の前座でツアーを行い、10月には三度目のヨーロッパツアーを実施する。Al Garthはヨーロッパツアーまで参加したが、USに戻って以降はPocoから離脱する。
  11月、“Loggins & Messina”が解散。Jim MessinaとKenny Logginsはそれぞれソロ活動に向かう。この年、Richie Furayのソロ第一作「I've Got A Reason」がリリースされる。

(1977)
Timothy and George left...   4月、12thアルバム「Indian Summer」がリリースされる(Billboard最高位57位)。7月22日、Civic Auditorium, Santa Monica, CAでのライブに脱退後初めてRichie Furayがアンコールにゲスト出演しHoe Downを演奏する。この模様は録音されており、「The Last Roundup」というタイトルでライブ盤がリリースされる予定であったが、残念ながらお蔵入りとなった(ようやく2004年9月末、FUTUREEDGEより発売された)。
  9月、Timoth B. SchmitはRandy Meisnerの後任としてEaglesに加入するため、Pocoを離脱する。Rusty YoungとPaul CottonはPocoの名前を捨て、“The Cotton-Young Band”として新たなスタートを考える。78年1月George Granthamは“The Cotton-Young Band”のドラマーとしてのオファーを受けるも、サイドマン的なポジションは容認できず離脱、その後セッション活動に入る。



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